丹波の食学2回目「伝統の地域行事と食」開催レポート

3ヶ月ぶりの丹波の食学
おひさしぶりにみなさん顔を合わせます。

2回目は丹波の伝統行事と食
柳田さんの住んでいる春日町東中というところに伝わる風土記を元に
明子さんや旦那さんの隆夫さんの頃に体験した記憶を合わせて
年間の地域行事をお話くださいました。

日本は明治の初期まで旧暦で暮らしていたので
行事も旧暦に沿ったものが多いそうです。

1月お正月に年が明けて朝1番はじめにする仕事は
戸主が井戸に初水を汲みに行く。
ちゃんと着物を整えて、蓬莱山の洗い米を半紙に包んで持って行きお供えて、
持ち帰った初水で顔を洗ったりお茶を入れたりしてお祝いをする。
お正月には福の神が家の中にたくさんいると考えられていて、福の神が逃げないように雨戸を開けずに過ごしたとか

2月の節分には、柊に生のイワシの頭をさして入り口にさしておく。
柊のチクチクやイワシの臭いで、鬼や魔物が入って来ないようにと信じられていたそうです。

最近は恵方巻きのような商売的なブームばかりで、そのような習慣はあまり見られなくなってますね。

初午のまゆ団子
昔はおかいこさんを飼っている家も多く、室内の温度を保つため囲炉裏の炭に火を入れて
そこから火事になることも。火事に気をつけるためにまゆみたいなお団子とツツジの木を3本よって枝を挿して神様にお供えしていました。

3月は女の子の節句ひな祭り。
そして日天さんはお日さんのお供。日が昇ったらお弁当を持って東に向かい、お昼にはお弁当を食べて、お日さんと一緒に戻って来る

卯月はお釈迦さまのお誕生日。
長い竹の竿の先に櫁や赤いお花を飾ってお日さんの近くに届くように庭に立てて置いたり、7色のおかずを供える習慣がありました。
7色といっても決まった種類をお供えしていたのではなく、家で採れた野菜やその家によって7色を揃えていたそうです。

5月には端午の節句があります。
新暦の5月だとまだ菖蒲も短いし柏の葉っぱも小さいけど、旧暦だと今の6月頃にお祝いしていたので菖蒲やよもぎのお風呂に入ったり
魔除けのために屋根に放り投げたり、菖蒲の束で女の子のお尻を叩くなんてことも行われていたのだとか

昔は土日のようにお休みが決まっていたわけではなく、田植えが終わったら中休みをしたり、お隣さんがまだ終わってなかったら手伝いに行ったり
村中の田植えが終わったら、大休み
昔は放送がないから、村中を「大休みだっせー」と叫んでまわる人がいたそうです。

7月7日から24日がお盆の間
7月7日は七夕祭りとお盆の始まりで、子供は七夕の飾りをし、大人はお参りを行なって、子供も大人も一緒に行事をしていたようです。
娯楽があまりなかった時代には、盆踊りは若い人が楽しむ場となっていました。
盆仕舞いには川の流れに乗って帰る仏さんを見送るために、仏壇にお供えしてたものを川の淵に持っていって流します。
地蔵盆でお盆は終わります。お地蔵さんの周りをみんなで囲って大きな数珠を送っていく数珠送り。

秋にはいつも台風が来ていたので、強い風が来ないようにお宮さんにこもって風日待ち。
風日待やお日待ちさんは何回もあったそうで、そうやってみんなで顔を合わせて過ごしていたのですね。

4年前に丹波にきた私は愛宕祭りは成松のお祭り、八朔祭りといえば春日部のお祭りかと思っていたのですが
昔からどこの地域にもあった風習で、残っているのが成松や春日部ということをはじめて知りました。

9月になったら村祭り、
この秋のお祭りは今もどこの地域も残っているけど、昔は地区ごとに毎年同じ日に行っていて、
柚津と東中の子達はこの日に、棚原と国領の子達はこの日に半ドン(半休)で帰るというのがお祭りの時期。
それがだんだんお勤めする人が増えて来て、土日に行われるようになったり、その年によって日にちが流動的になったそうです。
お祭りには鯖寿司を食べるのがこの辺りの風習です。

10月には亥の子、1番はじめの亥がつく日に、1年間の行事が滞りなく終わったことを祝ってお餅をついて食べる。

11月は南京の食べおさめ。冬場の間はビタミンが取りにくいからカボチャのように色のついた野菜を食べるのではないかということです。
太子講というお寺の行事で根菜類と小豆を煮込んだ「にだい」を食べるというのが伝わっているそう。

そして12月には山の神さんであんころ餅をお供えしたり、大掃除をしてお正月を迎える準備をします。

雨が降らないときは雨乞いをしたり、雨が降って困るときには日乞いをしたり、病気になった人がいたら厄除けをしたり
自然に沿って村の中で顔を合わせて行事を行っていた。
お誕生日のお祝いはお赤飯とお頭つきの煮干し
(昔は鯛だったと思われるが戦時中や戦後にイワシになって煮干しになったのでは)
それに丸い石をのせて、祝ったのだとか。
お頭つきは、五体揃って健康であるように、
石は意志が硬いとか体が硬い(丈夫)だとか、角が採れて丸い石を飾ったそう。
お食い初めのときに石を添えるのが残っているとこもあるようですが、こんな意味があったんですね。
今は誕生日といえばケーキが主流になり、このような意味も伝えられなくなってしまいました。

それから明子さんが高校生のときに尺貫法がメートル法になり、着物の袖を縫うのに混乱があったそうです。
今もお米を測るのには1合、2合を使ったりしますが、意味もわからずに使う時代になっていきそうです。

お話を聞いたあとは、みんなで調理を行います。

今回は、お祭りのときに食べられていた鯖寿司と、太子講などお講でつくるにだい
そして、日常的に食べられていた団子汁をつくります。

今回もコトコトキッチンのなお子さん、おっこ食堂のおっこさん、そしてピーチさんの豪華な講師陣です。

鯖寿司は交通が発達していない時期に、山あいの丹波に塩漬けされた鯖が入ってきたことからつくられていたのだとか。
にだいも家でその時にある根菜を入れるので、家によって入ってるものが違ったりしたそうです。

みんなで協力しながら調理を行います。

調味料も昔はみんな家で作っていたのだそうです。

柳田さんちの自家製お味噌にお醤油

ジェニックなだけでなく、手さばきも見事なこのお方

出来上がりはこちら、じゃじゃん!

にだい、団子汁、鯖寿司と徳寿園の赤ちゃん番茶

みんなで頂きます。

今回、耳慣れない言葉も多かった地域の行事
柳田さんたちが若い頃には実際に行われていたのに、私たちの世代になると全く知らないこともたくさんありました。
このまま私たちがおじいちゃんおばあちゃんになったとき、
ほとんどの知識や習慣が消えてしまうのではないか、そんなことも思ってしまいました。

この講座の受講生たちが周りや次の世代に伝えていけるといいなと切に願います。